
ECサイトのフルスクラッチ開発はあり?メリット・デメリットや費用を解説
「自社の強みを最大限に活かせるECサイトを作るには、やはりフルスクラッチしかないのだろうか……」そう考えながらも、開発費用が膨らまないか、納期が遅れないか、運用後に後悔しないかと、一歩を踏み出せずにいませんか?市販のSaaSやパッケージと何が違い、どれほど自由度が高いのか、そして本当に中小企業に見合う選択肢なのか──疑問は尽きません。本記事では、技術的な予備知識がなくても理解できるよう要点をかみ砕きつつ、フルスクラッチの最新トレンド、具体的な費用・期間の目安、成功と失敗を分けるポイントまで丁寧に解説します。自社に最適な構築方法と次に取るべきアクションが明確になるはずです。
フルスクラッチとは?他方式との違い
まず、フルスクラッチとは既存のソフトウェアやフレームワークを使わず、ゼロからシステムを開発する方法を指します。ECサイト構築の場合も、市販のECパッケージやSaaS型サービスに頼らず、一からオリジナルの仕組みを作り上げることを意味します。要件定義から設計、プログラミングまですべて自社または委託先のエンジニアが行い、細部まで自由にカスタマイズできる点が特徴です。 一方、フルスクラッチ以外にもECサイトを構築する方法はいくつかあります。それぞれ初期費用や柔軟性に違いがあるため、比較してみましょう。
SaaS型(ASP 型)サービスを利用する
代表的なのは簡単にECサイトを構築できるShopifyやMakeShopなど、クラウド上で提供されるECプラットフォームを利用する方法です。初期費用を低く抑え短期間で開設できますが、カスタマイズ性は限定され、提供範囲外の機能追加には制約があります。
パッケージ型のECシステムを導入する
EC-CUBEなど自社サーバーにインストールする方法や、Adobe Commerce(旧Magento)をカスタマイズして利用する方法です。ある程度自由に機能拡張できますが、フレームワークの制約やアップデート対応の手間が発生します。
フルスクラッチはこれら既存システムを使う方法に比べ、自由度が極めて高い反面、後述するようにコストや時間が大きくかかる点で際立ちます。では、まずフルスクラッチ開発の具体的なメリットから見ていきましょう。
フルスクラッチのメリット
フルスクラッチには多大な労力が伴いますが、その分以下のようなメリットがあります。
カスタマイズの自由度が高い
既存サービスでは実現できない細かな要件まで実装できるのが最大のメリットです。商品検索や決済フロー、会員機能など、自社のビジネスモデルに合わせて一から設計できるため、業務にフィットしたシステムを構築できます。また、在庫管理システムや企業内の様々な部門が持つ情報を一元管理するERPといった社内システムと柔軟に連携させることも可能で、データ連携や業務プロセスの自動化も思いのままです。規格品ではない独自のアイデアを盛り込めるため、競合他社との差別化にもつながります。
運用中の改善や機能追加が柔軟にできる
自社でシステムを掌握していれば、サイト公開後の改善や機能追加もスピーディーに行えます。例えば、新たなマーケティング施策としてクーポン機能を追加したり、Webサイトの見た目やレイアウト、ボタンの位置などを変更してコンバージョン最適化を図るといったPDCAサイクルを短期間で回すことが可能です。SaaSのように提供元のアップデートを待つ必要がなく、自社のタイミングで自由に改修できる点は、ビジネス環境の変化に対する迅速な対応力につながります。
スケーラビリティとパフォーマンスを追求できる
フルスクラッチなら、将来的なアクセス増加や大規模展開を見据えたアーキテクチャ設計が可能です。負荷分散構成や高速なデータベース設計、キャッシュの活用など、サイトのスケーラビリティ(拡張性)を高めるための工夫ができます。既成ソリューションでは難しい細かなパフォーマンスチューニングも実施でき、ページ表示速度の向上や大量トランザクション処理にも耐えうる基盤を構築できます。
システムを自社で完全にコントロールできる
自社開発であれば、ECシステムの内部構造を把握できるため「ブラックボックス」がありません。ソースコードやデータの所有権が自社にあることで、サービス提供元の事情に左右されず長期的に安定運用できます。また、セキュリティポリシーについても自社基準で実装可能です。外部サービスでは避けられない機能変更や提供終了のリスクがない点も、フルスクラッチならではの安心材料と言えます。 次にデメリットやリスクも見ておきましょう。
フルスクラッチのデメリットとリスク
フルスクラッチにはコストやリソース面での負担も大きく、注意すべきデメリットが存在します。主なリスク要因を挙げます。
初期費用が高額になりやすい
イチから開発するため、当然ながら開発費用は高額になりがちです。デザイン制作からシステム構築まで全てを一から行うため、小規模なサイトであっても数百万円規模、本格的なECサイトなら数千万円の予算を要するケースも珍しくありません。また、外部の開発会社に委託する場合は人件費やマージンも含まれるため、パッケージ導入や SaaS利用と比べて初期投資が大きく膨らみがちです。
開発に時間がかかる
要件定義から始まり設計・実装・テストといった工程を全て積み上げるため、リリースまでのリードタイムが長くなることも。規模にもよりますが、フルスクラッチ開発では数か月から1年以上の開発期間を見込む必要があります。その間に市場ニーズが変化したり、競合に先行されてしまうリスクもないとは言い切れません。早くオンラインストアを立ち上げたい場合には、この時間コストは大きなデメリットと言えるでしょう。
保守・運用コストがかかり続ける
構築後もシステムの保守やアップデート対応は自社で行う必要があります。例えば、新しい OSやミドルウェアへの対応、脆弱性対策のセキュリティアップデートなど、SaaSであれば自動で行われる作業も自前で対応しなければなりません。専門の人材や予算を継続的に確保する必要があり、運用開始後も毎月の保守費用や人件費がかかります。初期費用だけでなく、長期的なランニングコストも計画に入れておく必要があります。
システムがブラックボックス化するリスク
イチから開発したシステムは、その構造やコードを熟知している人が限られがちです。もし担当エンジニアが退職してしまった場合、十分な引き継ぎがないとシステムの内部がブラックボックス化し、後から改修や障害対応が困難になる恐れがあります。また、ドキュメント整備を怠ると、時間の経過とともに「なぜこう作られているのか」が分からなくなり、機能追加時に不具合を招くリスクも高まります。属人化を避け、チームで知識共有しておく工夫が欠かせません。デメリットもあります。それでもフルスクラッチを検討するなら、特に気になるのが費用とスケジュールでしょう。次に、開発費用の目安とプロジェクト期間について解説します。
費用とスケジュール感
フルスクラッチ開発を行う場合、どれくらいの予算と時間を見積もるべきか気になるところです。ここでは大まかな費用感とスケジュール感について説明します。
費用
規模や要件によって大きく異なります。一般的な傾向として、小規模で基本機能のみのEC サイトでも、フルスクラッチであれば開発費用は数百万円は必要と考えられます。本格的な機能(例: 大量の商品管理、ポイント制度、複数言語対応など)を盛り込む場合、1,000万円を超える予算になることも珍しくありません。開発完了後も、自社サーバーのインフラ費用や保守の人件費など、運用コストが発生します。SaaSのような定額利用料はありませんが、代わりに技術者の確保や機能改善にかかる費用を見込む必要があります。
スケジュール
規模次第ですが、短くても数か月、長い場合はリリースまで1年程度を見込む必要があります。 このように、費用と期間の面でフルスクラッチは大きな投資となります。
開発プロセスの流れ
フルスクラッチによるECサイト開発は、一般的なシステム開発のプロセスに沿って進められます。初心者の方にも分かるよう、ここで大まかな流れを確認しましょう。
要件定義フェーズ
まず、サイトに必要な機能や仕様を洗い出します。現状の課題や目指すべき姿を社内で議論し、要件を文書化します。この際、RFP(提案依頼書)を作成しておくと後のベンダー選定がスムーズです。
設計フェーズ
要件に基づき、サイト全体の構成や画面レイアウトを設計します。データベースの構造を定め、各ページの機能やUIを具体化していきます。
実装フェーズ
設計書をもとに開発チームがプログラミングを行います。フロントエンド(画面側)とバックエンド(サーバー側)を実装し、各機能の動作を確認しながら進めます。プロジェクトマネージャーが進捗と品質を管理し、必要に応じて調整します。
テストフェーズ
開発完了後、全体を通してテストを行います。全機能が要件通り動作するか、バグやセキュリティ上の問題がないかを確認し、不具合が見つかれば修正します。必要に応じて負荷テストも実施し、発注側(自社)も最終確認を行います。
リリース(本番公開)
テスト合格後、いよいよ本番環境へサイトを公開します。ドメイン設定や外部サービスとの接続など最終準備を済ませ、ユーザーが利用できる状態にします。公開直後は予期せぬ不具合が起こる可能性もあるため、開発チームが迅速に対処できるよう待機しておきます。
運用・保守
リリース後は運用フェーズに移行します。日々の受注処理や顧客対応を行いながら、必要に応じて機能改善や障害対応を実施します。セキュリティアップデートや追加機能の開発計画も継続して行います。こうした運用を見据え、事前に開発会社と保守契約を結んでおくと安心です。
技術スタックとアーキテクチャ動向
フルスクラッチ開発を進めるにあたっては、どのような技術を採用するかも重要です。技術スタック(使用するプログラミング言語やフレームワーク、データベースなど)は開発チームの得意分野やシステム要件によって様々ですが、ここでは一般的な例と最新動向を紹介します。
バックエンドに用いられる技術
バックエンドには主に以下の言語が用いられることが多いです。・PHP・Java・Python・JavaScript(Node.js)以下のフレームワークを使えば効率的に開発を進めることができるでしょう。・Laravel・Spring・Django
フロントエンドに用いられる技術
フロントエンドにはアプリケーションなどを開発するために必要な機能が用意されたReactなどのJavaScriptフレームワークで動的なUIを構築し、バックエンドとはシステムとシステムをつなげるREST APIなどでデータ連携する構成が一般的です。最近は顧客とのタッチポイントであるフロントエンドと、サイトを構築するバックエンドを切り離して開発したECサイト「ヘッドレスコマース」も注目されています。フロントエンドはバックエンドの公開APIを経由して機能を利用するため、Webサイトとモバイルアプリで共通のサービスを活用でき、フロント側で自由な表現が可能になります。フルスクラッチなら、このような最新のアーキテクチャも柔軟に採用できます。
パブリッククラウド
フルスクラッチ開発では、クラウドコンピューティング環境をインターネット経由で提供するパブリッククラウド(AWS、Google Cloud、Azureなど)の活用も一般的です。クラウド上にECサイトを構築することで、サーバーの自動スケーリングや高可用性を容易に実現できます。
コンテナ技術
軽量な仮想環境を利用して、アプリケーションの実行に必要な環境をパッケージ化し、開発、テスト、デプロイを効率化するプラットフォームであるDockerなどのコンテナ技術もよく使われる技術。また、ソフトウェア開発のプロセスを自動化・効率化するCI/CDパイプラインを導入すれば、開発からリリースまでの効率化も図れます。
マイクロサービスアーキテクチャ
大規模システムでは1つのアプリケーションを複数の小規模な独立したサービス(マイクロサービス)の集合体として構築する手法であるマイクロサービスアーキテクチャを採用し、各機能を独立してスケールさせるケースもあります。
フルスクラッチが向いている企業/向いていない企業
フルスクラッチ開発が適している状況と、そうでない状況には明確な違いがあります。自社がどちらに当てはまるか判断してみてください。
フルスクラッチが向いている企業・ケース
独自のビジネスモデルや特殊な機能要件があり、既存のサービスでは対応が難しい場合
EC サイトと基幹システム(在庫管理や CRM など)を高度に連携させる必要がある場合
将来的に大規模なアクセスや事業拡大を見込み、スケーラビリティを重視したシステムが必要な場合
EC サイトのユーザー体験やブランディングを重視し、細部まで独自のこだわりを反映させたい場合
フルスクラッチが向いていない企業・ケース
予算や人員が限られており、低コストでスピーディーに立ち上げたい場合
必要機能が標準的な範囲で、既存サービスで十分対応できる場合
社内にIT人材が少なく、開発プロジェクト管理やリリース後の保守に不安がある場合
EC サイト運営が初めてで、まずは小規模に試したい場合(この場合は低コストなサービスで検証する方が低リスク)
以上を踏まえ、自社がフルスクラッチに向いているか判断してみてください。
ベンダー選定と発注時の注意点
実際にフルスクラッチ開発を進める際には、パートナーとなる開発ベンダーの選定が極めて重要です。適切なベンダーを選び、契約時にポイントを押さえておくことでプロジェクト成功の確率が高まります。発注担当者が注意すべき点をまとめます。
要件を明確に伝える
依頼前に自社の要件をできる限り具体化しましょう。RFP(提案依頼書)を作成し、実現したい機能やサイト規模、予算、希望納期などを明示してベンダーに共有します。要件が曖昧だと見積り精度が下がり、納品後のミスマッチにつながります。
複数の提案を比較検討する
候補となる複数の開発会社から提案を取り寄せ、内容(費用、スケジュール、提案システム構成など)を比較検討しましょう。相見積もりにより適正価格も把握しやすくなります。
ベンダーの実績と得意分野を確認
候補ベンダーのECサイト開発実績を確認しましょう。自社の業界や規模に近いプロジェクト経験があるか、希望する技術スタックに対応できるかなどをチェックします。
開発後のサポート体制も重視する
リリース後のサポート体制も確認が必要です。公開直後の不具合対応はもちろん、将来的な機能追加の相談やトラブル対応に応じてもらえるか契約範囲を確かめましょう。必要に応じて別途保守契約を結ぶことも検討してください。
契約内容の確認と知的財産の取り扱い
契約時には、納期・費用に加えてソースコードの権利帰属や納品物の範囲も明記してもらいましょう。自社でコードを改変できるか、第三者への開示可否なども定め、要件変更時の追加費用や納期調整についても合意しておくことが大切です。
フルスクラッチの必要性を適切に見極めよう
フルスクラッチ開発は魅力的な自由度と独自性をもたらす一方で、大きな投資とリスクを伴う選択です。その自由度が自社のビジネス戦略に見合うかどうか、費用対効果の観点で慎重に見極めましょう。まずは自社のECサイトに求めるものは何か、予算や体制はどこまで用意できるかを社内で整理してみましょう。その上で、既存のパッケージやSaaSを利用する場合との比較検討を行い、費用対効果の観点からフルスクラッチが適しているか判断してみてください。もしフルスクラッチでの開発に踏み切る場合は、本記事で述べたようにRFP(提案依頼書)の作成から始め、信頼できる開発パートナーの選定に注力しましょう。経験豊富なベンダーと協力し、明確なビジョンと要件のもとプロジェクトを進めれば、たとえ中小企業でもオリジナリティあふれるECサイトを実現できるはずです。逆に、現時点で予算やリソースが不足している場合は、無理にフルスクラッチにこだわらず、まずは安価に始められるサービスでECサイト運営に着手するのも一策です。ビジネスが成長し、自社ならではのシステムが必要になったタイミングで改めてフルスクラッチを検討するという段階的なアプローチも有効でしょう。構築方法の正解は一つではありません。自社の現状と将来展望を踏まえ、最適な手段を選択してください。本記事がその検討の一助となれば幸いです。
事例を見る